皆さんは、普段漫画というものを読まれるだろうか。
様々な雑誌で様々な漫画が掲載され、様々な名作が生まれていきますよね。
その中でも緻密な作画を誇る漫画家という人は有名どころでは「北斗の拳」や「花の慶次」で知られる原哲夫さんやSF漫画の 「AKIRAで知られる大友克洋さん等、思い浮かぶのではないでしょう。
しかし精密な作画の漫画を描く漫画家といえば知る人ぞ知る「高寺彰彦(たかでら あきひこ)」という漫画家の方がおられるのです。
非常に残念なことに、今年の4月23日に高寺彰彦さんは他界されました・・・。
残念でならない限りです。
そんな高寺彰彦さんの漫画の作風やその特徴に追悼も込め触れてみたいと思います。

大友 克洋 作品を支えた漫画家・高寺彰彦

高寺彰彦さんは静岡県下田市の出身で、まんが情報誌「ぱふ」への漫画投稿を行いながら、漫画家でありエッセイストでもあり占い師でもあり占い講師でもありライターでもあるという多彩な肩書きを持つ「まついなつき」さんの紹介で、今や日本アニメ界の巨匠でもある漫画家・大友克洋さんと知り合います。
その後高寺彰彦は「FOGGY GOBLIN」という作品を発表してデビューしさらにデビュー作品を書きながら大友克洋さんのアシスタントを行います。
大友克洋さんのアシスタントとしては、SF作品として有名な「AKIRA」の頃まで続けられますが、逆に大友克洋さんも高寺彰彦さんの作品を手伝うこともあったそうです。
特にアシスタント時代の高寺彰彦さんの有名な話としては、大友克洋さんが1980年から1981年にかけて4回に渡りアクションデラックスに掲載され描かれた超能力者同士の戦いを描くSF作品「童夢」の背景はアシスタントを務めた高寺彰彦さんがほぼ一人で書き上げているという逸話があります。
大友克洋さん自体の画風が緻密で繊細な画風なのですがその背景をまた緻密で繊細なものであり、高寺さん自体の描く作品の作を見てもわかりますが描写もそのディティールもすべて緻密に描かれた手書きの作画は他の追随を追い抜くものであり、その作風に対して、
高寺彰彦さんが描けば「大地は割れ、海は唸り、天を突き抜けるような迫力の作画が繰り広げられる」と言える程です。
まさに緻密な作画で知られる大友克洋さんの作品を支えたのは、その大友さんを凌駕する画力を備えた 高寺彰彦さんの力が大きかったことは間違いありません。

漫画家・高寺彰彦の作品

高寺彰彦さんの作品としては、1984年に発表されたサルタン防衛隊、1986年に発表されたゴルゴンボックス、1988年に発表された悪霊、1993年に発表されたナムチ、1996年に発表されたカチカチ山、同じく1996年に発表されたトラブルバスター、また1999年に参加されたオムニバス作品ネオデビルマン、などが挙げられます。
中でも4人のSPのコメディに溢れつつ、壮大なスケールで描かれたアクション作品「サルタン防衛隊」は有名で、その作画はまさに大地が割れ、怒涛の響きを醸し出すような迫力に満ちた作画が描かれています。
またサルタン防衛隊が単行本化された際に 大友克洋 さんが原作を担当されたアウトローの戦いを描く ハードなアクション作品「DOG AFTERNOON」が掲載されていますが、こちらの作品も 実写のアクション映画では到底追いつかないような迫力の作画作品となっており、高寺彰彦さんが持つ漫画家としての実力をフルに注ぎ込まれた作品となっています。
現在単行本「サルタン防衛隊」は絶版となっていますが Amazon や楽天市場といった販売サイトでは入手することが可能です。

漫画家・高寺彰彦氏への追悼とまとめ

生前、 決して早いペースで作品を発表するのではなく、どちらかといえば、年に一本といったようなスローペースで作品を発表する高寺彰彦さんでしたが、その圧倒的で迫力に満ちた作画に魅了されたファンも多く、心待ちにしながら自作を待っていた漫画家の一人であったとも言えるの存在でした。 後に漫画のシナリオ術やアングルコースの理論なども発表し当時流行していた絵柄の方に対して意見的な趣旨の発言をしてはいますが、2014年に多発性骨髄腫との診断を受け、その後長きにわたり闘病を続けておられました。
さらに4時の2019年3月12日 Twitter にて、同年の2月28日に脊髄に血栓が生じてしまい四肢麻痺に陥り、漫画を書くことをから遠ざかり廃業せざる得なくなったという残念な発表がありました。
しかし数々の名作を生み出した高寺彰彦さんの健康が少しでも回復することを私たちは望んだものです。
しかし 同年4月24日午後に高寺彰彦さんが先日23日に他界されたことが本人の Twitter アカウントでも告知されました。長い間ファンを魅了し、作画を志す者へ影響を与えた作品を描いてくれたことに心より感謝します。今まで本当にありがとうございます。お疲れ様でした。ゆっくり休んでくださいと追悼の意を伝えて終わりにしたいと思います。